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満月から


先週、満月を見上げていたら、思いがなくなった。
なんとも表現できない平らかさ。
しばらくそのままでいた。ポカンと。

ポカン、という擬音(?)は、
その呆けた感じがいい。

はじめて背泳ぎができたときにも、ポカンとなった。
正確にいうと背泳ぎではなく、はじめて仰向けに浮いたとき。

首とか背中に、誰かに手をあててもらって浮かぼうとするけど、
首に力が入って浮かばない。

浮かぼうと思うのをやめたら、
やめたのに、私は沈んでいなかった。
拍子抜けするくらい、なんなく浮かんでいた。
音が変わる。まわりが変わる。空しか見えない。

そのときの、あっけなさと驚きと、
隔絶されつつ包まれている安心感と、
からっぽな感じは、まさにポカン、だった。

バタ足もなにもせず、ずっと仰向けに浮かんでいた。
顔を風が吹いた。

たいせつなポカン。
すこしの驚き(に似たかんじ)と共にからっぽで在ること。
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by sho-ji21 | 2009-03-15 23:03

販売します。


期間限定で、定番商品を含むガラスのコップやうつわを
販売いたします。どうぞよろしくお願いします。


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by sho-ji21 | 2009-03-10 21:40 | ガラスのこと

予告です。


期間限定で、定番商品を含むガラスのコップやうつわを、
すこしお安く販売いたします。

本日3月10日(火)の夜から公開予定です。
このブログ記事からリンクをいたします。
(3月末頃まで開いているつもりですが、売り切れたらおしまいです。)

今年はこの後しばらく、個人販売を予定していません。
受注制作もお休みいたします。

この機会に是非。
どうぞよろしくお願いします。


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by sho-ji21 | 2009-03-10 00:15 | ガラスのこと

映画

知人が監督をした映画だよと、ある方からチケットをいただいて
2月にみた、「空とコムローイ」。

タイのアカ族の子供と女性たちが自立のため一緒に暮らす場所と、
そのなかの一人の女の子を、監督である日本の女性(三浦淳子さん)が、
数年かけて通いながら撮りつづけたドキュメンタリーです。

じんわりと、だけどまっすぐ、こちらに届いたものがありました。
ありがとう。見ることができてよかった。

今週末、3月7日(土)・8日(日)の2日間限定で朝10:30より
追加上映があるそうです。渋谷のユーロスペースにて。
興味のある方はぜひ。おすすめです。

[公式サイト]
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by sho-ji21 | 2009-03-05 21:06

酔っ払いの


電車でひとりごとを言い続ける酔っ払いがいると、
ものすごく聞いてしまう。

「はじめていわゆるエロ本…を見たのは…、…おやじの部屋でした」
と独白を始めた中年のおじさんに出くわしたときは、
わざわざちょっとその席まで近づいて、彼の少年時代の驚きと衝撃に
耳を傾けた。(「あんな…、あんな…」と声をつまらせたときは、
こらえきれずに吹きだしてしまった。)

下の娘が幼稚園年中なのか年長なのかいま何歳なのか
正直わからないごめんなさい、と半べそで告白しているおじさんもいた。
把握して。というか、泣かないで。

先日は、日雇いバイトの帰りらしき(やはり)おじさんが、
「いくらもらった、いくら飲んだ、いくら母ちゃんに渡すんだ」
ということを叫んでた。ちゃんと計算が合ってるのがおもしろかった。

しかしだんだんとそれはグチになってきてしまい。
「なんなんだよ、日本はよ~!政治もよ~、経済もよ~、」
あああ、と思ってたら、「…しっちゃかめっちゃかじゃんかよ~!」
と言ったあとに、そのリズムが気に入ったようで、
「しっちゃか!めっちゃか!う~、うんちゃか!ずんちゃか!」と
言い続けていた。ウフフとか言いながら。

たのしくなってて何よりだ、と思いました。
酔っ払うならおもしろいほうがいいものね。
自分も、まわりも。
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by sho-ji21 | 2009-03-04 21:36

本のことスモウのこと


先日見た、ある手塚治虫特集の番組のなかで、
ゲストが少年時代にアトムをむさぼり読んだときのことを、
こう話していた。「アトムが迷うから、こっちも戸惑った」と。

― あの頃の普通の漫画は、正義と悪がはっきりしてて
主人公はブレなかった。だけどアトムはそうじゃなく、
しょっちゅう迷ってた。だからこっちも困っちゃうんですよ。―

私は、アトムを読んだことはないけれど、
その感じはよくわかると思った。

私の手塚治虫原体験は、「アドルフに告ぐ」だった。
たしか小学校の図書室で借りて読んだ。
何かを読んであんなに困ったことはなかった。
弱り果てながら読んだ。
読み終わってもそれは続いた。

迷うこと。揺らぐこと。
徹底的に。ぺしゃんこに。

10代までの読書なんて、そんなだった。
グデングデンにそうできたことはラッキーだった。
今だって本質きっと変わってない。
本とのことを、"知る"的な作業としてのなにか
というより体験だと思うし、関わり合いだと思ってる。
関わり合いながら、迷って、見失って、
組み立てて、壊して壊されて。

手塚治虫体験、
エンデ体験、ヘッセ体験、
大江健三郎体験。

それぞれ、ファンだとか熱烈読者というのとはきっと違う。
でもある時期、このひとたちの作品のうちのいくつかと、
私は深く深く関わった。取っ組み合ってごろごろ、
ころがりまわった。

本も人も状況も。
関わりあいって、取っ組み合いだろ。
基本、ずっとそう思ってる。

 ◇

旧約聖書に出てくる、ヤコブさんだったかが、
徹夜でかみさまと相撲をとる話が好きだ。
関節はずされても食らいついて、
「私を祝福してくれなければはなさない」
と言ったヤコブさん。なんてこった。
めちゃくちゃだ。(かっこいい。)

ヤコブさんのこのとき置かれてる状況もスゴイんだけど、
その精神状態のなかで、かみさま(に喩えられるなにか)に
ゆだねるということをしたその表現として、
なにゆえ取っ組み合いになっちゃうのか。
というとこが以前はいまいちわからなかった。
そこが実は矛盾しないんだということがストン腑に落ちてから、
私はこの相撲をちょいちょい思い出してます。

「スモウ」って、なにやら音も
適度に力が抜けるようでちょうどいいし。
レッツ、スモウ。

なにかそのおおきなひとは、
ちっこいひとが食らいついてはなれないことが、
おもしろくていとおしくて、ムフフとなってんではないだろかと思う。
たとえそうであってもなくてもちっこいひとは、
シャニムニしがみついていくだけなんだけどさ。
それだけなのだ。
わたしを祝福してくれ!と、
ちから全部だして、向かっていくだけなのだ。
おりゃあ。
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by sho-ji21 | 2009-03-01 22:31