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身体のこと

こないだ訪ねた方の家。
天窓を開けると屋上だった。
はらっぱみたいに草の生えた場所。
烏が目の高さで飛んでゆく。
ゴザを敷いてごろんと横になって雲を見た。
一緒にあがってきた猫も加わりひなたぼっこ。
空が青いからなんとなくソーダ水を飲みながら、
人間2人で思いつきの歌をうたう。
猫のしっぽはユラリと揺れる。

2006年の秋、といったらこの空を思うかも。
などと思ったらなにやら胸の辺りがじわじわとする。
なんだなんだと思うほどの充足感。

何をしにきたのか忘れちゃいそう、と笑いながら
じゃあそろそろと下へ降りる。
この方のご自宅で整体的なものを受けるこの日は2回目。
お仕事のことを知る前から私はこの方のことが好きなのだけど、
なによりその手に全幅の信頼をよせている。
身体をすっぽり預けて開いて受けて立つ準備をする。
(私の身体のことだもの。こちらとしても
寝てるだけじゃなく、できる範囲でいろいろがんばる。)
深いところから身体が動いて、すったもんだのすえ
最後には中心を風が抜ける。

身体はとても忠実でそして正直。
私も自覚してないような昔の感情まで
文句も言わず包み込んでじっとしていたりもする。
もういらないよと言うとうれしそうにそれを吐きだす。
なんてかわいいと思う。いろんなものを一掃する。

身体がよろこぶことを、というのを行動規範にしよう。
どうしても二の次にしてしまうからこそ、
その声をちゃんと聞こう。今後ともどうぞよろしく。
一緒にゆかいに生きてゆこう。



陰陽五行とかの理論でもそうだけど、感情と身体は密接で。
たとえば、「煮えくり返る」のは「はらわた」の部分だし
何かを銘じるのはやっぱり「肝」になんだろう。
だから"以前の感情を抱えてる身体"というのも比喩とかではなく
実際にそのとき私が身体のどこかに与え続けてた反応が
記憶として残って凝りや滞りやくせみたいのをつくってるんだと思ってる。
身体ってたいへんおもしろい。
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by sho-ji21 | 2006-09-29 00:23

9月

休憩時間ふらーり外に出る。ふと何かが心にひっかかり、
足が止まる。その原因の正体が一瞬わからない。

波が足の指の間の砂を持って行くときのよう。
あいつ(波)があちらへゆくのか、私が後ろへ遠のくのか、
揺らぐのは身体か気持ちか。
どちらにせよ、ぎゅうと足の裏に力を入れて。

!→匂いだ→何かが匂ってる→キンモクセイだ
わかってしまうとその正体はなんともあっけない。

だけど何故にこの匂いはこんなにもグイッと私を
引っ張るんだろう。去年もここにそんなことを書いたけど、
「ああ、秋だ」という以外の何かがたぶん呼び起こされる。
呼び起こされてるのは感情や記憶ですらないのかも。
じゃあ何、ってわからないんだけど。
匂いは不思議だ。



信じられないくらいの速さで、9月も後半になろうとしてる。
会いたいと思う人に会いに行って話をして、かつそこでの思いを
深める一人の時間がきちんとあるということは幸せだなあ。
静かで地味だけどたいせつな。
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by sho-ji21 | 2006-09-22 22:57

職場の武士

以前同じフロアに歴史好きゆえ(ゆえ?)武士みたいな
不思議なおじさんがいた。エアー刀を振りまわしたり、
新撰組の「誠」が染め抜かれた羽織着て働いたりしてた。
おしゃべり好きで、その知識の豊富さと口上のおもしろさに
つい「ほうほう」などと聞き入ってしまう。
(止まらないから適当なところで席に戻ってもらう。)

沖縄帰りの方がお土産に「ちんすこう」を配ってくれた日があった。
するとその武士が私の席にやってきて、
ショージさん、ショージさん、と呼びかける。何ですかと聞くと、
「ちんすこうの"す"と"こ"を入れ替えて読んでください」
と武士、嬉々とした様子でいきなりのセクシャルハラスメント。

読みません。つうか、つまみ出しますよ。

と言ったら、むむ、冷たい…としばしの嘆きの後、
ならば〇〇さんに言ってもらいます、と
きちんとした女性の席へ向かおうとする。
あー、だめだめ。だめだから。
「いくら心は中1男子でも、やってることは
立派な変態なんだから自覚してください。」
とたしなめたところ変態と言われたのがうれしかったのか
「立派な変態」という言い回しが気に入ったのか、
ふふふ…と笑って立ち去った。

そのときは特に気にもとめなかったその出来事。
先日、いただきもののちんすこうを見て
うっかり思い出してしまった。
まったく武士のくせに困った人だった、と
思ったらおかしくなった。
でも今後このお菓子を見るたびに、彼の顔ごと
思い出してしまったら困るなあ。(嫌だなあ。)
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by sho-ji21 | 2006-09-20 23:14

隙間など

好きな本の作家さんと同席する機会がありました。
本から受けたイメージとその佇まいが重なっていて
とても素敵な方でした。

その方がしてくれた話。
若いときはエネルギーが文字通り身のうちから
あふれでていたんだけど、そのエネルギー量が
年を取るとともにしぼんできちゃって
(と、ユーモアのある調子でおっしゃった)、
なんていうかそこに隙間ができるのよね。
その分、人の話も聞けるし外からのいろいろを
受け取れるように思うのよ。

それからもうひとつ、こんな話も。

先日水墨画を習ったのだけど、そのとき先生に、
「筆のできるだけ上を持って描いてごらんなさい」と
言われたのだと。上のほうを持つとフラフラしてすごく
かきづらいんだけど、紙と手の間の距離の分、
自分以外の何ものかをそこに介在させるような気がして
とてもおもしろかったの、というお話。
(どちらも、あくまでも私が受け取った言葉のニュアンス。)

この2つの話が、すこし時間をおいたのち私のなかで結びついた。
そう言われてみれば私は20代のある時期、
その「紙と手の間」に筆すら挟むのがもどかしくて
(ゆるせなくて)木炭やクレヨンでゴシゴシと絵を描きながら
もっと手に近いものはないかしらと思ってたな。
酔っ払った夜に、クレヨンを湯煎にかけ
そのドロドロを指にすくって描こうとして、ヤケドしたバカ。
(思いついたときは、それだ!などと思ったのよ。)

まさに何かが「身のうち」からダラダラと溢れ出ていたのかも。
そこにはどんな隙間もどんな余白もほしくなかったし、
他の何者かを介在させる気も余裕も確かになかった。
おお、若さってそういうことか!と思いました。
その傲慢さと素晴らしさ。そして、自然にできた隙間に
何らかの存在をゆるしていくということが
年を取るということならばそれもたぶんとても素敵なこと。
「若さ」と「年を重ねること」、どっちも
他方を否定した上での賛歌ならば興味がない。
その時々の自分にそぐうやりかたを身体でさぐりながら
感じながら、都度発見したり感心したり丁寧に、
おもしろおかしく生きてゆきたいものだなあ。

そんなことをおもいました。
いろんなことが楽しみでなりません。
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by sho-ji21 | 2006-09-16 22:10

ウクレレレ

友人からウクレレを買った。たぶんマホガニー。
さわっても抱えてもいい感じ。美しい。
その場で彼がCコードだけ教えていってくれたので
ずっとそればかり弾いている。アルペジオ風(雰囲気)に
つまびいてみたり、ぼろろんとかき鳴らしたり。
何せその和音がただ心地良い。
ドミソドばかり鳴らしてますと言う私に、
先日別の友が「せめて次にGを」との言葉を授けた。
たしかにそろそろステップアップ(!)の時期かもと、
ネットで調べる。便利ね。
たどり着いた初心者用ページはとても楽しく、
CGFの3コードでとにかく楽しめというスタンス。
それプラス、CからFにいく間にC7をはさむと
それっぽいぞとか、メランコリックさがほしければ
Amだ、などといいながらその他のコードも書いてあり、
なんだか急にボキャブラリーが増えてしまった。
夜も更けていたので窓を閉め切って、
弦に触れるかどうかくらいの微音で練習。
ああ、外へ出たい。
覚えたての6つのコード(上記プラスG7)を
高らかに鳴らしながら、ひゅうるうると歌ったら
さぞや気持ちがいいだろうなあ。
目指せ、ブー。(あるいは小錦?)


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上がギザギザなのと、ケースのやしの木がかわいらしい。
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by sho-ji21 | 2006-09-13 00:13

糸へんの人との夜

染め織りを生業とされている方のご自宅を訪ねる。
個展後まで製作を待っていただいていたコップができあがったので、
矢も盾もという気持ちでそれを持ってお邪魔したら、
逆に夕ご飯をご馳走になってしまった。
しかも届けたてのそのコップでビールをいただいて。
ほっと一安心、のひととき。
(見てもらう瞬間の緊張は慣れるものではないみたい。
毎回毎回ひどくドキドキする。)

今日、彼女は羊毛から糸を紡ぐ作業をしていたとのこと。
織った布も見せてもらう。手にしたときのそのやさしさに
どきりとする。あ、とても好きだと思う。
やさしさだけじゃなくその繊細さの深みに強さもきっと
持っていて、驚くほどしなやか。

モノの背景にある見えないけれどもあるもの。
について話をした。思いや見たもの感じたもの全て。
それらから培われた好み、してきた選択の(もちろん、
小さなくだらないようなのも含めて)ひとつひとつ。
そういうのがどうしても作られたモノにでちゃう。
どうしたって出てしまわないわけがない。
それはある意味でとてもこわいこと。
そして同時にとんでもなくたのしいことだね、というような。

いいものをつくりたいと思いつづけたい。
モノをつくることに限らず、みんなそれぞれのやりかたで
それぞれにそのなにかに向かおうとしてるんだろうな。
蛍光灯に惹かれる虫みたいに、なんていうか細胞レベルで。
(喩えがわるい。)私はつくることをきっとずっとやっていく。
こないだの個展はそのスタート。
ありがたや、と思いながらただ作ろう。


話題も興味もつきなくて、おしゃべりで夜がふけて。
彼女の家を出て途中まで送ってもらう。
自転車に乗ったまま「ここまでで!」と
振り返ったら、彼女の笑顔のうえにはピカピカの月。
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by sho-ji21 | 2006-09-10 00:32

糸へんまわり

着物が着たい。最近全く着れてない。
ガラスの前やガラスの後にどこかに寄ってくる
というのが最近の休日行動パターンなので、
どうしても半分作業着みたいなかっこうで
うろうろすることになってしまう。
あー、今年は浴衣すら着ていない。

1月くらい前(?)に、ひと目惚れして「さき織り」を買った。
後ろで貝の口風に結べるかもというくらいの長さだったので、
縦に二つに折って芯を入れて帯にしたいと思ってる。
普段着用に、黒白小格子の袷と合わせたらきっと良い。
きっと良いのよー。意味もなくその辺りをショージが
着物で徘徊しても、どういう了見だと問い詰めたり
どうぞしないでください。着たいのです、ただ。
一人コスプレの一種と思っていただければ。



写真左はその"さき織り"。
風合いがとてもよい。

右は先日骨董やで、ひと目惚れならぬひと触れ惚れした布。
ざっくりとした手触りがたまりません。

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by sho-ji21 | 2006-09-07 01:04

次の季節へ

家の扉を開けて外へ出ると、
その辺りにとまっていたセミが
驚いた様子でバチバチジジジと飛んでいく。
脇をかすめてめちゃくちゃな方角に。
この時期の彼らの飛び方はキケン。
夕方の空は雲のひとひらひとひらに光が反射して、
文字通りの鱗雲。遠く夕ごはんのにおい。

三崎のまぐろは美味しかった。
漁港の日差しは強かった。
古い銭湯跡の看板を見上げたら、
それでも空は少し高くて。

やっぱり季節はもう
秋に傾いているのでした。


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by sho-ji21 | 2006-09-04 12:53

個展を終えて

今日ガラスや用事を終えて帰って、ころんと
電池が切れたように寝た。2時間くらい。
覚め際には鯛の夢を見ていた。薄いピンクが
惚れ惚れするくらいキレイで肉厚で、大皿にたくさん
盛ってあったから「それ(食べきれなかったら)
あとでお茶漬けにしよう」というような寝言を言って、
その声に起きた。

すごい有効な睡眠だった。溜まり切っていた疲れも
ずっとひかなかった微熱も全部とれて、
そしてなんだかやっと「おお、個展が終わった」と
実感として思った。さっきの鯛を思い出したら、
ぐうとお腹がなった。

ガラスを吹いたのは久しぶりだったので
(個展期間前、ぶり)本当にうれしかった。
堪らず顔がにやける。

明日は陶芸家を訪ねて三崎へ遊びに。楽しみ。
海の幸は正夢か。



個展の模様。
夜のカフェの雰囲気はこのようでした。

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床に敷いた古木には滴状のガラス玉。
平行して走る目線の高さの棚には、
灯りをともしたガラスの器。


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(左)ガラス棚の上のガラスたちを上から撮影。上段は、底に色を入れた器。
下段には絵日記他いろいろ読み物 (中)水泡入り器 (右)片口いろいろ



いろんな種類を全部で70点ほど出しました。
様々なやりかた準備のことなど、反省点はいっぱいあります。
なるほどと思うことやうれしかったこと、
自分の「表現」ということに関しても
たくさんのことを感じました。でもやっぱり
いちばんは人とつながれたこと。

届いたよという言葉や顔からこちらも受け取る。
その喜びは替え難い。この個展でいただいた出会いや
つながり。たいせつに丁寧に辿っていきたいと思います。
ひとつひとつの対象とがっぷり四つに向き合いながら。

どうもありがとうございました。
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by sho-ji21 | 2006-09-02 20:59 | ガラスのこと