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無敵なあの娘

工房の2Fに住んでいるウサギ(♀)。
私は「ウサギ」と呼んでいる。


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・彼女のツボ1
眉間。ここを撫でられたいがために、
手の下にもぐりこんでくる。


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・彼女のツボ2
ほおぶくろ。


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・のってきた
超きもちいいぜ、と顔をぐいぐい押し付けて。


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・やりすぎ
わかったから落ち着いて。


動物を一方的に擬人化したりする気はないのだけど、
それでもどうしても、彼らと、深いところでふれあった
としか思えないときがある。
先日は間違いなく励まされてしまった。(と思ってる。)
恐れ入ります。お世話になります。

それにしても。茶と白とピンクという組み合わせにより、
本人の自覚もなしにうっかり酷く可愛らしくなっちゃってる
というそのことがまた愛らしい。
長い耳が2時の角度で傾いて、
黒い濡れた目でぢっと見られて。
ああ恐れ入ります。無敵です。

…こらえ切れず、書いちゃった。
写真4枚もつけて。
うひゃあ。
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by sho-ji21 | 2006-05-31 11:35

いただきもの

四国で、ある女性と知り合った。
交わした言葉はすくないけれど、
どこかしら再会にも似たような暖かさ。
たいせつなご縁を感じる。
彼女が金子みすヾさんの詩にのせたという
いくつものうたを聴く日がたのしみ。


   日の光

   おてんと様のお使いが
   そろって空をたちました。
   みちで出会ったみなみ風、
   (何しに、どこへ。)とききました。

   ひとりは答えていいました。
   (この「明るさ」を地にまくの、
   みんながお仕事できるよう。)

   ひとりはさもさもうれしそう。
   (わたしはお花をさかせるの、
   世界をたのしくするために。)

   ひとりはやさしく、おとなしく、
   (わたしはきよいたましいの、
   のぼるそり橋かけるのよ。)

   のこったひとりはさみしそう。
   (わたしは「かげ」をつくるため、
   やっぱり一しょにまいります。)
   
   ~金子みすヾ


みすヾさんの詩を大人になってから
きちんと読んだことはなかった。
なんて哀しくてやさしい言葉。

週末、NUUさんのライブに行った。
柳橋ルーサイトギャラリーの「おうち、(展)」。
(ライブのほかには、器・写真・イラスト・家具など。
それぞれの出展もとても良かった。いろんな人と
おしゃべりしながら、ものすごくのんびりした。)

ギャラリーは、芸者さんが住んでいたという築60年の
素敵な日本家屋。その2F(お稽古場だったそう)で
すぐそこの隅田川を見下ろしながらのライブだった。
イトオシイ・ウレシイ、という気持ちがそのまま紡がれた声。
ぴかぴかしたものにすっぽり包まれた。

どうもありがとう。
一人一人からいろいろいただいている。
とてもうれしい。
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by sho-ji21 | 2006-05-29 11:29

ほれなおす

沖縄在住の友人から小包がついた。
少し遅くなったけど、お誕生日おめでとう!と書いてある。
中身は友人セレクトの「生命の源セット」(彼女の命名)。
 (波照間島のもちきび/石垣島の黒米/小浜島の黒糖
 粟国の塩/粟国のにがり)
すごいラインナップ!うれしい!
でも友人よ、私の誕生日は来月なのよ。
その旨と、でも一番最初のおめでとうをありがとうという
メールをしたら翌朝返信が来た。
五月荘(私の住んでるとこ)→5月生まれという
イメージになっちゃったとのこと。すごいなあ。
そしてメールの結びが、「なにはともあれめでたい」だったので、
なんだかますます、この友人が好きになる。有難くいただきます。

もうひとつ友人のこと。
いらっしゃるか否かは無視する方向で一方的に
まさくん(もとい、まっくん)ファンの方に、最新情報。
彼、デトックスのことを「ゲドックス」と言いました。
ある女性と世間話をしていたとき、彼女が同じ話の中で
「デトックス」と「解毒」とを使い分けたらしく。
彼は文脈からそれらを同一のものと認識し、
それはまあいいのだけど、言葉まで一つにして覚えてしまった。
「ずっとそういう言葉だと。」ってどこまで世情に無関心なの。
そしてあれか、ゲドックスって「解毒X」とでも書くのか、まっくん。
男らしいのか、通り越してお父さん的味わいなのか、
よくわからなくなってきてるけど、どうにも良いなぁ。

今日は快晴。やっと5月らしくなってきました。
五月荘も元気です。(昨日の雷雨も乗り切った。)
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by sho-ji21 | 2006-05-25 10:49

ちらっと四国(こまごましたこと)

先日の日記に引き続き、
番外的に「コマゴマゴト」を。



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1日目に寄った丸亀の猪熊弦一郎美術館。
とても居心地の良い場所。行けてよかった。弦さんやっぱりかっこいい。
館前の空間に一匹の黒猫。対になる場所に、上下黒ジャージの
おじさんが座り込んで昼から酔っ払って座り込んでた。シンメトリー。
彼込みの写真を撮れず非常に残念。



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善通寺の大師堂。弘法大師が生まれたのもこのお堂のなかと
言われているそう。地下が真ーっ暗でクネクネした通路になってて
「戒壇めぐり」っていうのができるんだけど、大師さまの
肉声を再現しましたというテープがずっとかかってて、
それがひどく怖い。子どもだったら泣く。



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ご神木の大楠木。もののけ姫に出てきた頭のまわる白い子たち
(なんでしたっけ。)が住んでいそう。大人10人でも抱えられないくらいの
巨木なのに威圧感がまったくなくてやさしい木。ずっと側にいたくなる。



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境内のすみっこに見つけた小さな不動明王さま。
火焔の光背と本人の肉付きの感じが戯画的で好き。
頭のうえとお尻の横に彫られた線が、なんとなくふきだし
みたいに見えた。「ぷんすか」とか書いてありそう。
何をぷりぷり怒ってますのん、と言いたくなるかわいらしさ。



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金毘羅宮のお守。とても良いデザイン。
うこんの黄色がきれい。こんぴらさま、想像以上にすごくよかった。
おしゃべりしながら・息切らしながら登るのは、ホントに楽しい。
登れば登るほど空気が澄んで。現役聖地だなあ。



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砂曼荼羅。(2畳分以上は楽にある。)
実物は圧巻。
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by sho-ji21 | 2006-05-24 11:37

ちらっと四国

土曜の朝は空がざわざわしていた。
この感じは出発にぴったり。

…「ショコラ」でも強い風が旅立ちの合図だったな。
「ナビィの恋」もそうだ。(あれは「この風が止んだら」
ではあったけど。)昨日の夜、突然聞きたくなって、
マリア・カラスのカルメンの「ハバネラ」を繰り返し
聞いたあとだったので、余計印象的にそんなことを
思いながら新幹線のホームに立って。

ここから見るといつもうろうろしてる新横浜の町が
まったく見知らぬ、ただの地方都市になる。不思議。
のぞみがすごい顔してホームに入ってくる。

山のなか、工業地帯、所々に祠のたった見渡す限りの畑。
似たようないろんな場所を走っていく。
トンネルを抜けた一瞬、目前にせまった山肌に沿って
立ち上る水蒸気や、山藤や、それらを映し込む
ぴかぴかの田んぼなんかにはっとしたりしながら。
思考は古代の「カミ」へ。

前に読んだなにかで、移動手段のあまりの速度に
人の肉体は運ばれても、たましい(のようなもの)は、
ついていけないのではないかということが書いてあった。
感覚としてわかる。岡山から電車に乗り換えて、
最後は歩いて、少しずつ人の速度に戻していく。
自分自身が体に追いつくのを待つように。



目的地は建立1200年祭真っ最中の善通寺。
その一環の、チベット僧による結縁灌頂を受けてきた。
この儀式のために1ヶ月かけて作られた砂曼荼羅や、
1200年祭で四国から集まった仏像(すばらしかった)。
宿坊という初めての経験。朝5時半から始まる読経、
早朝の境内のご神木から立ち昇る香気。
手を合わせ頭を垂れるということが
どんどん自然で当たり前なことになっていく。

いろんな人の笑顔に囲まれた2日間だった。
夕暮れの絶景を見せたいと車をだしてくださったご家族、
宿坊先で出会ったお遍路さんたち、チベット僧のやさしい笑顔、
そして、金毘羅さまやら夜行バス待ち時間での美味しい料理やらの
わがままリクエストに快く応えてくれた愛媛在住の友人。
(お土産まで持たせてくれた。ホントありがと。
明日から毎朝みかんジュースだ!)

みなさんどうもありがとう。
いろんなものを受け取りました。
短い大きな旅でした。
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by sho-ji21 | 2006-05-22 11:36

■四国のお寺にいく


土曜の朝は空がざわざわしていた。
この感じは出発にぴったり。

…映画の「ショコラ」でも強い風が旅立ちの合図だったな。
「ナビィの恋」もそうだ。
あれは"この風が過ぎたら"、ではあったけど、
おばあが手紙を書いたのは強い強い風が吹く夜だった。
などと思いながら新幹線のホームに立って。

ここから見るといつもうろうろしてる新横浜の町が
まったく見知らぬ、ただの地方都市になる。不思議。
のぞみがすごい顔してホームに入ってくる。

山のなか、工業地帯、所々に祠のたった見渡す限りの畑。
似たようないろんな場所を走っていく。
トンネルを抜けた一瞬、目前にせまった山肌に沿って
立ち上る水蒸気や、山藤や、それらを映し込む
ぴかぴかの田んぼなんかにはっとしたりしながら。
思考は古代の「カミ」のことにも及ぶ。

前に読んだなにかで、移動手段のあまりの速度に
人の肉体は運ばれても、たましい(のようなもの)は、
ついていけないのではないかということが書いてあった。
感覚としてわかる。岡山から電車に乗り換えて、
最後は歩いて、少しずつ人の速度に戻していく。
自分自身が体に追いつくのを待つように。

目的地は建立1200年祭真っ最中の善通寺。
その一環の、チベット僧による結縁灌頂を受けてきた。
この儀式のために1ヶ月かけて作られた砂曼荼羅や、
1200年祭で四国から集まった仏像。(すばらしかった)
宿坊という初めての経験。朝5時半から始まる読経。
手を合わせ頭を垂れるということが
どんどん自然で当たり前なことになっていく。

灌頂の儀式自体は2日目の午後。
その日の午前中は愛媛に住む友人が車で迎えにきてくれて、
私のリクエストで金毘羅さまに登ることになっていた。
朝1時間の読経が終わり朝ごはんをいただいてから
友人が来るまで、スケッチブックだけ持って境内を散歩。
観光客はまだいない。歩いているのはお遍路さんくらい。
ご神木の大クスノキの絵を描きたいなと思い立つ。

早朝のクスノキはとても良いにおいを放っていた。
そこここに垂れ下がった枝と若葉。
その先に小さな小さな、花が咲いていたのだ。
顔を近づけその香気を胸に吸い込む。
葉の匂いとあいまって、清々しいものが私のうちに満ちる。
その葉がいとおしくていとおしくて、手を伸ばし触れるうち
泣けてきた。本当はあのかっこいい枝ぶりを描こうと
思っていたのだけど、私はその葉を描き始めた。
葉のつき方、葉脈の一つ一つをただ写したいと思う。

お遍路さんが歩くと鈴の音が、歩幅のリズムで境内に響く。
その音を遠くに近くに聞きながら無心に線をなぞる。

ひとつの葉のかたまりを描いた向こうに、ちいさくまた別の
ひとかたまりを描く。その向こうに細い枝を、太い曲がった枝を、
最後に背景として幹の表皮を、と順々になぞっていく。
ああ、私は写経がしたかったんだ、と気づく。
これは写経だ。木という一つの曼荼羅の。
満足してそれらを色で塗りつぶす。その過程だけで充分。
私はそれに近づいて、2時間かけてそれと
交わったように感じていた。うれしかった。

大人10人でも抱えきれないくらいの大きな幹、
苔むして所々どこからか飛んできたらしい草も生えて、
枝は曲がりくねり四方へ伸びている。
大地に伸ばした根の上を、虫が歩く。花の周りには
羽虫が飛ぶ。太い太い幹のその、黒い皮の向こうに
脈々と流れている「知恵」のようなものを思う。

ここにあるのは宇宙だ、と思った。
この幹が内包する老成した知恵がデータベースで、私はこの葉。
すべてを合わせた「クスノキ」という存在自体が宇宙だ。
私は今まで漠然と、その「幹」のようなものを「宇宙」だと思っていた。
それに対する「私」というように。この幹と葉はまったく性質が違う
別物のように見えているけれど、全体として「クスノキ」であるのと
同じように、私たちは、全体で宇宙を成しているんだ。
つながっている、というのとも違う。
繋がるという概念自体が、全体性を無視している。
もうすでに一つのものなのだ、と思った。

今ことばにしようとすると、
あのときのぴかーーっという感じからすこしはなれてしまうようだけど、
少なくとも絵を描きながら、そのときの私はそれを強く強く感じていた。
それが灌頂の日の朝であったことを有難いと思う。



いろんな人の笑顔に囲まれた2日間だった。
夕暮れの絶景を見せたいと車をだしてくださったご家族、
宿坊先で出会ったお遍路さんたち、チベット僧のやさしい笑顔、
そして、金毘羅さまやら私のリクエスト諸々に快く応えてくれた
愛媛在住の友人。みなさんどうもありがとう。
いろんなものを受け取った。
手を放したいろいろなものの分だけ。
短い大きな旅だった。
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by sho-ji21 | 2006-05-22 00:00 | エッセイのような

お見送り

今朝、ホームに直結した改札口の内と外にいた二人。
外に、白い小さな犬を胸に抱いた中年の女性。
内に、パナマ帽をかぶった老人。
二人とも背が高くて姿勢がいい。

女性がその父親と思しき男性に、けっこう強い口調でいろいろ言ってる。
 「いい?そこ越えてホームまっすぐ進むのよ?端までね?」
 「あと3分あるからね、落ち着きなさい。」
 「どうせ行くなら、楽しんできなさいね。」
男性は都度うん、うん、と短く頷いて、
犬にちょっと触れてから歩き出す。
その背中に女性がこう声を張った。
 「無事を祈る!!!」

ひゃ~、かっこいいなあ。いい場面見ちゃった。
彼女は父親のこの単独外出を直前まで反対してたんじゃないかとか、
普段ずっと一緒なんだろうあの犬と老人のこととか、
いろいろ想像できるけど、その裏のドラマなんていらないくらい、
この一言と、その声のユーモアと本気のバランスとかが、
それだけでとてもよかった。
てくてくと、でも毅然とホームを歩き出すおじいさんに、
心の中で同じように「無事を祈る!」と思った人が何人いたか。
いってらっしゃい。良い一日を。
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by sho-ji21 | 2006-05-17 12:55

諸々

ドキュメンタリー映像作家の森達也さんの公演に行った。
政治的だし偏っているかもしれないけれど、
彼の思想の根本には愛があると私は思う。
『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』。彼の本のタイトル。
差別やテロ、その根幹を成す不安と恐れ。それによる思考停止。
人間の様々な歪みや弱さを真正面から見続けた彼が
この言葉を、と思うと胸が熱くなる。
握手をした手は厚くて温かかったよ。

日曜、お芝居を見たあとに工房へ寄って少し研磨。
夜は友人の友人が主催しているという赤城神社での
舞踏&音楽を見に行きたかったので、それまでの空いた時間で
カレーを食べに行ったら、熱を出した。断念して帰る。

神社やお寺に芸能が集うのは道理。
歌や踊りや芝居で人はなにかを呼び起こし、
そのなにかを自らの上に降ろす。
すべてのアートの「はじまり」にはシャーマニズムが
存在するんだろうし、それは今だって確実に息づいているはず。
その現場をひとつひとつ見たいと思う。

カレー食べて発熱、というのは正しくなくて、
本当はセンチメンタルゆえに発熱。知恵熱みたいな。
カレー屋がある、昔住んでいた場所に5年ぶりに降り立ったら、
まずいろんな感情が不意打ちで束になってやってきた。
立ち眩みのときみたいにそれをやり過ごすと、
次に、忘れていた記憶がもりもりよみがえってきたよ。
(感情→記憶、という順番なのね。)
カレーは本当に美味しかった。
食べに来るのに5年もかかってしまったけれど、また来よう。

お。このセンチメンタル熱、
今週末お寺に行くための禊だったりして。
どちらにせよ、揺さぶられた諸々を
しっかり沈殿させてこようと思います。
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by sho-ji21 | 2006-05-16 18:06

グラスと棚とカフェ

(写真1)
グラスをYさんに納品。
ビールが好きなお母さんへのプレゼントとのこと。
直線的すぎず手におさまる感じで後はおまかせ、とのご注文。
細かい小さな気泡を下の方にいれて、
すこし擦りガラスみたいになっている。
いくつか作ってみたなかで、これは丸みの加減が気に入った。
彼女のお母さんもそうであってくれたらいいけれど。

(写真2)
chikuni_madeの新作什器は思ったよりも大きかった。
でも、ガラス板と細い線で構成されているので、
威圧感はまったくなく、もう既に空間に馴染んでいる。
グラスたちもここに並ぶと、また違った表情を見せて。

(写真3)
雨の夕方、NATANE CAFE。
ゆるいリズムを刻む音楽と、暗くなってきた店内。
ガラス越しの外の淡い光。雨の匂い。
そろそろ電気つけようか、というこの時間が
私はとても好き。



7月に、NATANE CAFEさんでガラス展をさせていただきます。
先日DMが出来上がりました!素敵な仕上がり。
nataneさんどうもありがとう。
パンを焼く同じ手でこれを!と思うと恐れ入る。
また改めてここでも告知させていただきます。

※DMご希望の方、住所をメールくださいね。



(写真1)
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(写真2)
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(写真3)
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by sho-ji21 | 2006-05-13 23:09 | ガラスのこと

■沖縄を覚えている


3年くらい前の5月、那覇で働く友人を訪ねた。
最初の2日は彼女も仕事を休んでくれて、二人で車で北上。
彼女が以前から行きたかったという伊江島へ。
この島のど真ん中には「たっちゅう」という城山がある。
とんがった塔みたいに聳えていて、狭い島のどこからでも
これが見えた。普遍の象徴か何かのように。

行った日の夜はちょうど百合のお祭り。
オリオン片手に夕方からゆるく会場に座り込んでいたら、
同じ民宿の男の子たちがおーいと呼びにくる。
お祭りの「島人のど自慢」にゲストで出ろと言われたとのこと。
急遽打ち合わせて、ビートルズのプリーズプリーズミー
やなんかをその屋外ステージで歌う。
レゲエな男の子やサラリーマンも含む混成大和人。
島の中学生女子らに囲まれ、何故か握手を求められたりして。
夜が更けるにしたがって濃くなる宴。
なんと古謝美佐子さんのライブが始まる。
「童神」という私の大好きな子守唄のメロディーが、
すっかり緩んで開ききっていた心に抜き打ちのように沁み渡る。
空にはぽかりと月。お約束のカチャーシーでいっぱい踊って
いっぱい笑って、フラフラになりながらその明かりだけを頼りに、
自転車で真っ暗なサトウキビ畑の間を帰る。

友人が仕事で那覇へ戻ったあともしばらく滞在。
夜ごと誰かの三線と虫の音を聞き、波の音に身をゆだねて、
つまびくようにぽろりと歌って、泡盛を飲んで。

この島は戦争をもろに体験している。
戦後すぐの米軍による占領でも島の人の多くが餓死するという
悲惨な出来事があった。今もそれは終わったことではなく、
島の半分以上が米軍の飛行場、という島。

最後の日、反戦資料館へ行った。
見終わって事務所にて、戦後からずっーと活動を
続けていらっしゃる方のお話も1時間ほど聞くことができた。
最後に私の手をぎゅうと握り、
「今、あなたにできることをしなさい。
直接私たちの活動に対して何か働きかけずとも、
あなたはあなたの生活のなかで、守れるものがある」
と彼女は言った。
部屋に戻って堪らず涙が溢れてきて、声まで出して
泣いてしまった。私の頭を、民宿のおばさんが
洗濯物をたたむ手をとめて撫でてくれた。

そのまま、たっちゅうに登ることにする。
自転車を途中で乗り捨てて、テクテクとひたすら登る。
ちょっとしたロッククライミングだった。
ビーサンで来たことを後悔しながらただ、登る。

たっちゅうの頂上は3畳くらいの狭さ。
あんな場所は他にない。立ち上がるのが怖いくらい。
そこから見下ろすサトウキビ畑、港、小さく見える家々。
それらすべて合わせたよりもっと広い、グレーの飛行場。
360度ぐるりとさんご礁。その向こうは青い海。
そして、すべてを包む太陽と、吹き渡る風。
私の内と外が溶け合っていく。ただそこに身を任せる。
30分くらいしただろうか、あとから行くと言っていた
同じ民宿に泊まる子が、やっぱり息を切らしてのぼってくる。
その子の持ってきた三線に合わせて島の歌をいくつも歌う。
知ってる限りの歌を二人で歌った。
そこから見たとてつもない輝きの夕日を、
私はたぶん忘れないんだろう。

パゴダという遺跡があるのはどこの国だったっけ。
ミャンマー?ずいぶん立派な、あの仏塔。
むかし読んだ旅行記に次のような会話があった。
他の場所に住みたいと思ったことはないかという旅人の問いかけに、
現地の人がこう答えるのだ。
私たちにはパゴタがある。人よりも大きな存在で、永遠で、
いつまでも信じられるものがあるということはすばらしいことだ。
私は、それを失ってまで他の場所で生きていたいとは思わない。

「人よりも大きな存在で、永遠で、
いつまでも信じられるもの」。
たっちゅうが真ん中に聳えるあの島は、
私の思う沖縄がいっぱいにつまっている。
それは私の思う人間のいろいろ、でもあって。
哀しくて残酷で滑稽で、強くて弱くて優しくて、
たとえようもなく美しい。

あの夜、童神を聞きながら、
友人の赤ちゃんのことを思った。
自宅出産に立ち会ったばかりだったから、
どうしても彼女を思ったのだ。その子ももう3歳だ。
なんて確かな喜び。

また5月がきたよ。
私はあの島で過ごしたいくつかの夜を、
昼を、波の音と匂いを、
まだはっきりと覚えている。

  天(てぃん)からぬ恵み
  受きてぃ此(く)ぬ  世界(しけ)に
  生まりたる産子(なしぐわ)
  我身(わみ)ぬむい育てぃ
  イラヨーヘイ  イラヨーホイ
  イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
  泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
  太陽(てぃだ)ぬ 光受きてぃ
  ゆういりヨーや ヘイヨー ヘイヨー
  勝(まさ)さてぃ給(たぼ)り
  
  『童神(天の子守唄)』作詞:古謝美佐子
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by sho-ji21 | 2006-05-12 00:00 | エッセイのような