<   2006年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

きっと。

きっと、ぽんっと音までたてて、夜のうちに。
きっと、今ごろ隣のピンクのが。
笑うみたいに。


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グラスは大ぶり気泡入り。

切りっぱなしの花を、
どさりと入れるのにお手ごろ。
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by sho-ji21 | 2006-03-31 11:20 | ガラスのこと

最近みたもの

◇山口勝弘
近代美術館鎌倉

9時半の開館を狙って行く。雨天ということもあり、どの展示室も私だけ。
私が生まれる以前の、当時の"前衛"に一人っきりで囲まれる。
近年の作品群のスペースで胸がざわざわとする。
メディアアートのパイオニアが、自らを幽閉したという場所で病とともに、
なお溢れ続けるイメージを描きとめた、ドローイングに近い作品たち。
このざわりとした根っこの感情はなんだったのか。
大きなガラス越しに池を見る。雲がちぎれはじめて光が漏れてる。
境内では早咲きの桜に人々が集まってる。


◇宮島達男
SKY THE BATH HOUSE(谷中)

東京、開花宣言のその夜。雨の墓地を抜けて行く。
入ってすぐの作品に猛烈に惹かれる。
ずっと上から見下ろすうち、むかし見た景色が広がった。
思い出したとかではなくザザッとそのときの映像が重なったというか、
妙な感じ。時間の流れ方が変わる。
たまらず携帯で写真に撮ったけど、撮る必要はなかった。
網膜に焼きついた。イメージのなかでそれは
揺れて浮かんで沈んでさざめいて、膨張までする。


◇ナスカ展
国立科学博物館

上野だもの、この季節に。それはもう、たいへんな人手。
展示はやはりおもしろい。ミニシアターでの空撮映像で酔う。
「いまこれ見てる全員がさ。」あの時代あの場所にいた、
ある部族全員の生まれ変わりだったらおもしろいね、などと
友人とひそひそ話す。
「ほうすごい、なんてヒトゴトで。」
「そうそう、作ったのは自分たちなのに。」
「いいね、同窓会っぽくね。なんにも知らずに集まっちゃって。」
スクリーンを見つめる何十人もの老若男女が
同じ神話を語り、同じ言語をかつて使った、という妄想。
上映が終わり博物館を出て、桜の咲く公園に同窓生たちは散っていく。
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by sho-ji21 | 2006-03-27 11:40

雨の日に

電車で人の会話を採集するのが好き。
(盗み聞き、とも言うけれど。)

今日は隣におじいちゃんと孫の二人組が座ってた。
孫は成人したてくらい。茶色の髪にスーツ。
ポツリポツリとくるまについての話をしてる。
「…どうだい、運転は。」→「うん、だいぶ慣れてきたよ。」
「…コウタはどうした。」→「いま教習所通ってるって。」
「…そうかい。…高速は?」→「ああ、大丈夫。乗ってるよ。」
面接みたいに一問一答。
次の質問までの間が驚くほどに長い。
孫の受け答えは簡潔ながらに温か。とてもやさしい声。
聞きながらとても気持ちがよくなってくる。

その二人が降りた駅で、60代くらいのご夫婦が乗ってくる。
奥さんがクスクスずっと笑ってる。
「だってあなたホラ、あなたも一緒に聞いてたのよ。
何回もカズミさん言ってたでしょ?」あははと笑って、
少しだんなさんの膝にふれる。これからカズミさんという
同年輩のご婦人のお見舞いに行くらしい。
入院前、手術はしないとのカズミさんの宣言を、
あなたも一緒に聞いていたではないかと。
なんにも聞いてないんだからと、笑ってる。
だんなさんもあははと笑ってしばらくしたのち、
その服いいね、などと言い出して。
「シンプルでスマートだ。」と。
けっきょくその服も何年も前に買ったものらしく、
「なにを言ってるんだか」で済まされていた。
ああ、いいな。楽しそう。

あたりまえだけど、一人一人の分だけそれぞれの
一日があって、それがそれぞれ始まっており。
そういうことに時々きちんと気づいていたいなと思う。
時々ね。

昨日傘越しに見上げた桜のつぼみは、今もこの雨に
やさしく守られているんだろうな。
この雨が花を咲かす、ということをはじめて聞きました。
雨をうれしく感じます。

そんなやわらかな雨の降る日、
みなさん、どう過ごしてますか。
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by sho-ji21 | 2006-03-23 11:24

春のうつわ

薄い白が全体的に入っています。
だから入れた水も濁り酒みたい。
桜のはなびらとか浮かせたくなる。
春ですね。

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by sho-ji21 | 2006-03-16 10:05 | ガラスのこと

教会にて

週末の結婚式は天候にも恵まれ、素晴らしかった。
花嫁である友人が綺麗すぎて目をそらしてしまうほど。

教会式だったのだが、神父さんがけっこう長めに
きちんとした「説教」をしてくださった。(めずらしいですよね?)
キリスト教とは、というところから始まって。

長い歴史のなかで歪められた部分があることは否めないけれど、
そもそもの教えのなかで、「こうすれば天国へいける」
「コレしたら行けない」などということは、
本当にどうでもいいことなんだ、と。

「もう行くことは決まってんだから。
わたしたちはもう既に愛されているし、
もう既に、祝福されている。
だから、どう生きるか。それだけ。」

それは普段からの私の思いとすっと寄り添うようだった。
私のつたない宗教イメージでは、キリスト教イコール、
"神の御心に沿う"という絶対条件を満たしたものが救われる
というのが根本思想で、かつそれを最終目的とした教えだろうと。
そんなふうに思っていたよ。少しだけ意外。
神父さんの口調もほんのちょっとぞんざいで、おもしろかった。
(ペリーじゃなかった。)

花嫁からブーケをもらいました。
カラーとまだ青い紫陽花を束ねたシンプルなブーケ。
どうもありがとう。おめでとう。おめでとう。


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※なんとなく顔を写すまいと、のけぞってる。
酔っ払い、倒れそう。
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by sho-ji21 | 2006-03-13 12:23

立会人

今週末はたいせつな友人の結婚式。
新婦側立会人をやることになった。
リハーサルに行けなかった私に、友人から電話連絡。
神父さまから私へのことづけを伝えてくれた。

「新婦とその父を先導して会場入りするタイミングは、
私が祭壇のほうからあなたに目で伝えマス。」ということと、
「サインのとき必要になるから(シャチハタなどの)印鑑を、
もってきてクダサイ。」という二つ。
(↑イメージからペリー口調に。後から日本人のおじちゃんだと
聞いたのだが、やはりイメージはペリーで。※開国してクダサイ。)

これ私、だまされておりゃしませんか。

目で伝える、って。
私とペリー(違う)が、初対面でそこまで
通じ合えてるという前提で大丈夫なのか。
あとサイン。祭壇の横で素敵なテーブルに向かって
みんなでサインするあれ。だと思っているんだけど、
正しいでしょうか。そこにシャチハタ。
一気に加速する事務感。

昨日、白楽(地元)友らにそのような話をした際、
「バージンロードを歩く間、シャチハタはどう携えれば。」
という疑問を投げかけてみた。
今思えば、すでに預けてある、とかがたぶん正解なんだけど、
みなさん口々に、「耳の上にはさめ」「いや、鼻の下に」
などと言ってくださる。「ならばいっそ胸元はどうか」との
私の意見はあっさり通り過ぎるという冷静さで。

なんやかのと申しているのも、要はとても楽しみなのです。
あと、バージンロードを先導しながら
うっかり号泣しやしないかと、それが実は心配で。
鼻の下のシャチハタとか、ペリーのこととかに
気持ちを集中させながら、歩こうと思っています。
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by sho-ji21 | 2006-03-09 11:12

品川をぶらり

オラファー・エリアソンの「影の光」を見に、原美術館へ。
企画モノ最終日、という原美に行ったのははじめて。しかも日曜日。
やんややんやと人が賑わい、少しだけ文化祭のような雰囲気。
これもまたご愛嬌。とてもたのしく拝見しました。

1つの部屋でスコンと一人になる。作品と私だけ。
外は日の光でいっぱいで人々の気配が満ちていて、
たった一歩入っただけのその場所は、切り取られたように静寂のなか。
彼に「つくられた」影とその光だけが雄弁にそこにいて。
なんともエロティックな瞬間。

その後カフェで、たくさんのカップルや大学生や家族を見る。
みんなが楽しそうで、こちらも楽しい気持ちになってくる。
この理由もなくうきうきした気持ちは恋のそれと非常に似ていて、
いったい何に、と思うがわからない。強いて言えば季節に、
なんだけど、フレーズになるとなんとも照れくさい。

友人との待ち合わせの時間までだいぶあって、一人でブラブラと
品川散歩。高輪口のすぐそばの神社に寄る。ビルとビルの狭間で
窮屈そうにしている高山稲荷神社。階段を上がってお参りをすませ、
振り返る。昔むかし、もっと長かった階段をあがり、一息ついて、
すぐ下に広がる海を眺めた人の気持ちになってみる。

駅の付近はもう海だったというから、さぞや良い眺望だっただろう。
穏やかな広い広い、遠浅の海を思う。
「お江戸日本橋七つ立ち」。品川宿に着く頃は、やっとあたりが
白み始めたころだろうか。もうちょっとかかるんだろうか。
どちらにしても設定は朝。これから始まる一日を思い、
海を見下ろす旅人になる。大きく深呼吸をする。

1枚1枚、皮をはぐように私は私に近づいて、その分、
外の空気が直接触れる。季節を味わう。良い一日。
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by sho-ji21 | 2006-03-06 11:40

茨木のり子さん

自分を知っているということ。
信念のうえに根をはり、葉を風に揺らす。
その確固とした、たおやかな、
からりとした、強さに憧れる。
宇野千代も沢村貞子も白州正子ももういない。
戦中を生きた美しい女性がまたひとり。
しょうがない。順番ですね。
さようなら。ありがとう。
凛としたことばを紡いでくださって、
ありがとうございました。



汲む
 ―Y・Yに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


『鎮魂歌―茨木のり子詩集』より
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by sho-ji21 | 2006-03-01 18:22