カテゴリ:エッセイのような( 6 )

■四国のお寺にいく


土曜の朝は空がざわざわしていた。
この感じは出発にぴったり。

…映画の「ショコラ」でも強い風が旅立ちの合図だったな。
「ナビィの恋」もそうだ。
あれは"この風が過ぎたら"、ではあったけど、
おばあが手紙を書いたのは強い強い風が吹く夜だった。
などと思いながら新幹線のホームに立って。

ここから見るといつもうろうろしてる新横浜の町が
まったく見知らぬ、ただの地方都市になる。不思議。
のぞみがすごい顔してホームに入ってくる。

山のなか、工業地帯、所々に祠のたった見渡す限りの畑。
似たようないろんな場所を走っていく。
トンネルを抜けた一瞬、目前にせまった山肌に沿って
立ち上る水蒸気や、山藤や、それらを映し込む
ぴかぴかの田んぼなんかにはっとしたりしながら。
思考は古代の「カミ」のことにも及ぶ。

前に読んだなにかで、移動手段のあまりの速度に
人の肉体は運ばれても、たましい(のようなもの)は、
ついていけないのではないかということが書いてあった。
感覚としてわかる。岡山から電車に乗り換えて、
最後は歩いて、少しずつ人の速度に戻していく。
自分自身が体に追いつくのを待つように。

目的地は建立1200年祭真っ最中の善通寺。
その一環の、チベット僧による結縁灌頂を受けてきた。
この儀式のために1ヶ月かけて作られた砂曼荼羅や、
1200年祭で四国から集まった仏像。(すばらしかった)
宿坊という初めての経験。朝5時半から始まる読経。
手を合わせ頭を垂れるということが
どんどん自然で当たり前なことになっていく。

灌頂の儀式自体は2日目の午後。
その日の午前中は愛媛に住む友人が車で迎えにきてくれて、
私のリクエストで金毘羅さまに登ることになっていた。
朝1時間の読経が終わり朝ごはんをいただいてから
友人が来るまで、スケッチブックだけ持って境内を散歩。
観光客はまだいない。歩いているのはお遍路さんくらい。
ご神木の大クスノキの絵を描きたいなと思い立つ。

早朝のクスノキはとても良いにおいを放っていた。
そこここに垂れ下がった枝と若葉。
その先に小さな小さな、花が咲いていたのだ。
顔を近づけその香気を胸に吸い込む。
葉の匂いとあいまって、清々しいものが私のうちに満ちる。
その葉がいとおしくていとおしくて、手を伸ばし触れるうち
泣けてきた。本当はあのかっこいい枝ぶりを描こうと
思っていたのだけど、私はその葉を描き始めた。
葉のつき方、葉脈の一つ一つをただ写したいと思う。

お遍路さんが歩くと鈴の音が、歩幅のリズムで境内に響く。
その音を遠くに近くに聞きながら無心に線をなぞる。

ひとつの葉のかたまりを描いた向こうに、ちいさくまた別の
ひとかたまりを描く。その向こうに細い枝を、太い曲がった枝を、
最後に背景として幹の表皮を、と順々になぞっていく。
ああ、私は写経がしたかったんだ、と気づく。
これは写経だ。木という一つの曼荼羅の。
満足してそれらを色で塗りつぶす。その過程だけで充分。
私はそれに近づいて、2時間かけてそれと
交わったように感じていた。うれしかった。

大人10人でも抱えきれないくらいの大きな幹、
苔むして所々どこからか飛んできたらしい草も生えて、
枝は曲がりくねり四方へ伸びている。
大地に伸ばした根の上を、虫が歩く。花の周りには
羽虫が飛ぶ。太い太い幹のその、黒い皮の向こうに
脈々と流れている「知恵」のようなものを思う。

ここにあるのは宇宙だ、と思った。
この幹が内包する老成した知恵がデータベースで、私はこの葉。
すべてを合わせた「クスノキ」という存在自体が宇宙だ。
私は今まで漠然と、その「幹」のようなものを「宇宙」だと思っていた。
それに対する「私」というように。この幹と葉はまったく性質が違う
別物のように見えているけれど、全体として「クスノキ」であるのと
同じように、私たちは、全体で宇宙を成しているんだ。
つながっている、というのとも違う。
繋がるという概念自体が、全体性を無視している。
もうすでに一つのものなのだ、と思った。

今ことばにしようとすると、
あのときのぴかーーっという感じからすこしはなれてしまうようだけど、
少なくとも絵を描きながら、そのときの私はそれを強く強く感じていた。
それが灌頂の日の朝であったことを有難いと思う。



いろんな人の笑顔に囲まれた2日間だった。
夕暮れの絶景を見せたいと車をだしてくださったご家族、
宿坊先で出会ったお遍路さんたち、チベット僧のやさしい笑顔、
そして、金毘羅さまやら私のリクエスト諸々に快く応えてくれた
愛媛在住の友人。みなさんどうもありがとう。
いろんなものを受け取った。
手を放したいろいろなものの分だけ。
短い大きな旅だった。
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by sho-ji21 | 2006-05-22 00:00 | エッセイのような

■沖縄を覚えている


3年くらい前の5月、那覇で働く友人を訪ねた。
最初の2日は彼女も仕事を休んでくれて、二人で車で北上。
彼女が以前から行きたかったという伊江島へ。
この島のど真ん中には「たっちゅう」という城山がある。
とんがった塔みたいに聳えていて、狭い島のどこからでも
これが見えた。普遍の象徴か何かのように。

行った日の夜はちょうど百合のお祭り。
オリオン片手に夕方からゆるく会場に座り込んでいたら、
同じ民宿の男の子たちがおーいと呼びにくる。
お祭りの「島人のど自慢」にゲストで出ろと言われたとのこと。
急遽打ち合わせて、ビートルズのプリーズプリーズミー
やなんかをその屋外ステージで歌う。
レゲエな男の子やサラリーマンも含む混成大和人。
島の中学生女子らに囲まれ、何故か握手を求められたりして。
夜が更けるにしたがって濃くなる宴。
なんと古謝美佐子さんのライブが始まる。
「童神」という私の大好きな子守唄のメロディーが、
すっかり緩んで開ききっていた心に抜き打ちのように沁み渡る。
空にはぽかりと月。お約束のカチャーシーでいっぱい踊って
いっぱい笑って、フラフラになりながらその明かりだけを頼りに、
自転車で真っ暗なサトウキビ畑の間を帰る。

友人が仕事で那覇へ戻ったあともしばらく滞在。
夜ごと誰かの三線と虫の音を聞き、波の音に身をゆだねて、
つまびくようにぽろりと歌って、泡盛を飲んで。

この島は戦争をもろに体験している。
戦後すぐの米軍による占領でも島の人の多くが餓死するという
悲惨な出来事があった。今もそれは終わったことではなく、
島の半分以上が米軍の飛行場、という島。

最後の日、反戦資料館へ行った。
見終わって事務所にて、戦後からずっーと活動を
続けていらっしゃる方のお話も1時間ほど聞くことができた。
最後に私の手をぎゅうと握り、
「今、あなたにできることをしなさい。
直接私たちの活動に対して何か働きかけずとも、
あなたはあなたの生活のなかで、守れるものがある」
と彼女は言った。
部屋に戻って堪らず涙が溢れてきて、声まで出して
泣いてしまった。私の頭を、民宿のおばさんが
洗濯物をたたむ手をとめて撫でてくれた。

そのまま、たっちゅうに登ることにする。
自転車を途中で乗り捨てて、テクテクとひたすら登る。
ちょっとしたロッククライミングだった。
ビーサンで来たことを後悔しながらただ、登る。

たっちゅうの頂上は3畳くらいの狭さ。
あんな場所は他にない。立ち上がるのが怖いくらい。
そこから見下ろすサトウキビ畑、港、小さく見える家々。
それらすべて合わせたよりもっと広い、グレーの飛行場。
360度ぐるりとさんご礁。その向こうは青い海。
そして、すべてを包む太陽と、吹き渡る風。
私の内と外が溶け合っていく。ただそこに身を任せる。
30分くらいしただろうか、あとから行くと言っていた
同じ民宿に泊まる子が、やっぱり息を切らしてのぼってくる。
その子の持ってきた三線に合わせて島の歌をいくつも歌う。
知ってる限りの歌を二人で歌った。
そこから見たとてつもない輝きの夕日を、
私はたぶん忘れないんだろう。

パゴダという遺跡があるのはどこの国だったっけ。
ミャンマー?ずいぶん立派な、あの仏塔。
むかし読んだ旅行記に次のような会話があった。
他の場所に住みたいと思ったことはないかという旅人の問いかけに、
現地の人がこう答えるのだ。
私たちにはパゴタがある。人よりも大きな存在で、永遠で、
いつまでも信じられるものがあるということはすばらしいことだ。
私は、それを失ってまで他の場所で生きていたいとは思わない。

「人よりも大きな存在で、永遠で、
いつまでも信じられるもの」。
たっちゅうが真ん中に聳えるあの島は、
私の思う沖縄がいっぱいにつまっている。
それは私の思う人間のいろいろ、でもあって。
哀しくて残酷で滑稽で、強くて弱くて優しくて、
たとえようもなく美しい。

あの夜、童神を聞きながら、
友人の赤ちゃんのことを思った。
自宅出産に立ち会ったばかりだったから、
どうしても彼女を思ったのだ。その子ももう3歳だ。
なんて確かな喜び。

また5月がきたよ。
私はあの島で過ごしたいくつかの夜を、
昼を、波の音と匂いを、
まだはっきりと覚えている。

  天(てぃん)からぬ恵み
  受きてぃ此(く)ぬ  世界(しけ)に
  生まりたる産子(なしぐわ)
  我身(わみ)ぬむい育てぃ
  イラヨーヘイ  イラヨーホイ
  イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
  泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
  太陽(てぃだ)ぬ 光受きてぃ
  ゆういりヨーや ヘイヨー ヘイヨー
  勝(まさ)さてぃ給(たぼ)り
  
  『童神(天の子守唄)』作詞:古謝美佐子
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by sho-ji21 | 2006-05-12 00:00 | エッセイのような

■旅と大きな空


南の島に行ってきた。マレー半島の右側に浮かぶ小さな島。
友人が年に1、2回必ず行っているという場所。
秋にも行くんだけど一緒にどう?と誘われて、ほとんど思いつきのように同意した。
二人で島に行くのよ、なんて話をしていたら、共通の友人であるところの男の子が、
「ああ、いいですね。俺も行きたい。」というから「おいでよ。」と
それもほとんど考えなしに同行が決まって、なんだか妙な3人組で行ってきた。

とにかくシュノーケリング。
大きな海ガメに会って夢中でついていったり、
珊瑚の原色に目がくらくらしたり。本当に空を飛んでいるみたいで、
気持ちよくって時々怖くて、どっちにしろ「わー」とか「こわー」「すごー」とか
しゃべっちゃうから、海水をいっぱい飲んでその都度あわてた。

彼女の友人のボートで人の住んでいない島にも行った。
砂が白くて眩しくて目を開けていられなかった。
砂浜は珊瑚の死骸の粒だということが感覚として理解できた。
死は美しすぎる。海の中は色で溢れ雑多に豊かだ。
帰りに彼の母さんのところでやしの実をもいでもらって、汁をガブガブ飲んだ。
1Lくらいありそうな量だったけど、汗をかいた体は不思議にそれを吸い込んだ。
飲み終わるとナタで割って、中の実をスプーンでこそぎとって食べる。
それはぷるんとした食感でおいしかった。

ハンモックでぶらぶら揺れたり、
ただベンチで本を読んだり、絵をかいたり。
最後の夜は、浜辺で焚き火を囲んだ。
「キロロー」「ミライー」とのリクエストに
きろろの『未来』を歌ってあげた。いっぱいの星を見ながら
心を込めて歌った。母さんを思う歌だよ、と教えたら
恋の歌じゃなくてがっかりみたいな顔をしていた。

彼らは恋の歌が大好きだ。しかもちょっと悲しいやつ。
町に行くとコテコテPOPS調の悲しげな声が
いろんなスピーカーから流れてた。

島の男の人たちは午後になると、カフェに集っておしゃべりしたり
新聞を読んだり、ちょっと若い集団はビリヤードをしたり、
それぞれのんびり過ごしている。
子供は完全放牧状態で、いったい誰の息子なのかわからない。
結婚前の男たちも、ちびっ子扱いに非常に慣れており、
みんながみんな何となく子供に注意を払ったり、
なんとなくかまったりしている。
それがまったく自然でうらやましい。

時間や約束に関してはやはりとてもゆるい。
最終日、空港まで行くのにボートで迎えにきてあげようか、などと
提案してくれた人に向かって、同行した私の友人は、
「そんなこと言って。本当に来るの?忘れないでしょうね?!」
と詰め寄る。提案したほうは、えへへ~みたいな笑顔で
「うーん、たぶん。がんばる。」とか言ってる。

おおらかさ、人の良さ、
生活のためにバランス良くついた筋肉。
女の子のシャイな笑顔。

この島もさまざまな問題を抱えている。
新しく建設中の港がさんご礁を破壊していること、
でもそれで観光客を呼べるようになるという矛盾。
島を出て行く若いひとたち。「私の彼は島での生活しか知らなくて、
それがいやだ」という女の人。外への憧れ。経済の格差。
単純にこの生活を羨むのはたぶん違うのだろう。
でもその本質的な輝きにはやはり、憧れる。
この人たちとこの島は素敵だと、素直に思った。

山に雲がかかり雷が鳴り、また雲が去って、
空が青を海に写す。その繰り返しと、浜を吹く風。
夕方、ピンクをまぶした淡い光に全身が包まれる感覚。

目をつぶって少し集中するとそれらを取り戻すことができる。
頬に吹く風すら感じる。

こうしている今も、確かにそこに存在するあの場所と彼ら。
私にとって旅行というのは、そのような場所を自分のなかに作る
ということに大きな意味があるように思う。
あの場所は確かにあったと、今思うことによって、
それが私のなかで確かな「今」となる。それを思うと心が満ちる。

私が生活をするのはまぎれもない、ここ、この場所だ。
誰かがここで生活する私を思ってどこかで心を満たすような、
そのような根のある生活を、私はしたい。
ありのままに生きることがそれにつながると、
今の私は確信していて、そういう意味では島もこの町も同じだ。
さんご礁はないけれど、新緑はエネルギーにあふれて芽吹く。
それを写しだす美しい海はなくても、雲に映える夕日は目を奪う。
季節は移ろい、空の色を変える。
世界はこんなに美しい。

人生自体を旅によく例えるけれど、たぶん本当にそのようなものなんだろうと思う。
心にいろいろな場所を刻んで、抱いて、最後の最後に私はどこへ帰るのか。
途方もなくてわくわくする。空を仰ぐ。
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by sho-ji21 | 2005-10-05 00:00 | エッセイのような

■愛のこと


昨日は雨に閉じ込められて喫茶店で、大切な友人と語らう。
自分の中の気づきをまず言語化する作業というのがあって、
その次にたとえば友人やらの「他」に向かってそれを音声化して、
共感しあったり新たな気づきを生んだり、思いは増幅したりすら
するわけで、この至福を思うとやっぱり人は一人じゃあ何もできん。

語らったいろいろは突き詰めると結局「愛のこと」につながってしまって、
ああそうさ、他の言葉では言えんわ、しょうがないのよ愛だよ愛、
みたいな感じで「愛」について語り合った。



迷える他人は矛盾だらけだったり、弱かったり、浅はかに見えたりする。
大好きな友人だってそんなふうに見えるときはある。
見ててハラハラしたりイライラしたりするとき、
あたかも自分はその子の気づいていない答えを知っているように思ってしまう。
迷いのなかにいる友人を上から見てしまってる。

そんなときに「そう言ってるけど本当はこれに気づきたくないだけでしょ」とか
「それは間違ってるよ」とか言ってしまいそうになる。

でもそれは違うんだと思っている。
友人を小さく見ているとき、絶対助言なんてしてはいけない。
言いたいことを我慢するんじゃなくて、上に立つことをやめてから
たとえばその友人が固執してる考え方に違う光を当てるという意味において、
言いたいことを言えばいい。伝えたいことを伝えればいい。

極論しちゃうと、たとえば「間違い」だって、それを間違いだと
思うということは私の中でのできごとであって、
彼女がそれを行おうとしていることと何の関係もない。
たとえあとで間違いだったと彼女が思うとしても、今はその間違いを
することに意味があるのだったらそれは間違いではないんだ。
他人が告げることのできる「彼女にとっての真実」なんて、ない。

ある友人にとても腹を立てたことがあって、
話しながら泣きながら私は悲しいのよと伝えながら、
でも、最後の最後で彼女を信じることを決めた瞬間があった。
お腹に力を入れてふんばった。
ふんばるわよ、と決めてそうした。
彼女のなかにある尊厳というか、神聖な場所というか、
ピカリと光っている見えないもの。それを信じるわよ、と。
あなたの選択がそれに反するように今の私に見えていても、
それ自体の存在がなくなったわけではないということを信じる。
それがある限り、すべては彼女の勝手なのだと信じる。

調子がいい人が光って見えるのは当たり前。
で、おお、活躍してるな、うらやましいな、とかって思う。
でも、調子が悪い人のなかにもその光は変わらずある。
それが見えづらくなってるからってその存在を忘れちゃいけない。
そんなときこそ、そこの光を私は見ようと思うということ。
不思議なもので、相手が自分のどこを見てくれているか見ようとしてるか、
というのはとても伝わる。一発でわかっちゃうんだ。
自分の光を見てそこを信じてもらえるということほどうれしいことはない。

そこには多分、愛があると思う。

何年も前、いつも事後報告ばかりの私を散々なじった母親が、ポツリと、
「でもあなたがしてきた選択を全部、信頼はしてるから。」
と言ったときのことを私はたぶん一生忘れないよ。
信頼してもらえていたなんて、そのとき初めて知った。
なんてばか。愛されるということをその有難さを教えてもらった。

私はこの友人に対してお腹に力を入れたとき、信じようと決めたとき、
母さんがいったいどれほどの力をお腹に入れてふんばって、
覚悟を決めて私を信じたか、信じ続けたかを思った。
そしてその何十分の一かだけど、その踏ん張りを、愛することを、
彼女に対してしようと思ったんだ。

迷える人にズバリ言うこと、迷ってるときにズバリ言われること、
それら一瞬のカタルシスはろくなもんじゃないと思う。
あなたを思ってズバリ言うけどなんて人がいたら、私は
そんなの信用しないよ。

家族を含め、周りのごく限られた数人の大切な人たちを私は
総力あげて今、愛そうと思います。
あなた方のなかの光り輝くものを見続けたい。

その愛は違う種類の愛に通じるし、広がっていくし、
違う種類の愛も結局はひとつの愛だ。と思うのだ。
たぶん。
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by sho-ji21 | 2005-09-12 00:00 | エッセイのような

■声明(しょうみょう)


昨日見に行った声明(声明)について。
声明の会という高野山のお坊さんによる活動で、
昨夜は高野山「大曼荼羅供」でした。

とにかくとっても楽しかった。
こんなエンターテインメント、他にないわ!
と思うくらい。

始まってまず「これはからっぽになったらスゴイぞ」
という予感がありました。
意識をできる限り低くするというか、
蓋を開けっ放しにして自分をカラにするような感じで
声を、響きを感じていると、本当にすごいことになりました。
「入ってくる」というか「なぞっている」?
もしくは「体験している」「組み込まれる」・・・。
なぞっているのが一番近いかもしれません。
何を、というのを敢えてがんばって言葉で言うと、
"システム"みたいなものを。

そのときは、本当にこれ以上ないくらい気持ちよく
実際に出たことはないけど、こういう状態なら
空中にぽわんと自分出ちゃうんじゃないかと思いました。
永遠に続けばいいのにー、と
ひと思いに今すぐ終わってー、が交錯する
なんともすごいひとときでした。

あとからあの感じをコトバにしたいと思って、
イメージしたものが、「大きい円盤状のオルゴール」です。
オルゴール記念館とかにしかないような大きいやつ。

凸が無数に配置された大きな大きな完璧なる円盤。
それら凸ひとつひとつが彼らの声の強弱高低であり
震えや息継ぎであり、また鐘の音や香の匂い、
ろうそくの明かり、などじゃないかと。
からっぽになった私は、そこにただ、いて、
それらにはじかれるだけなのです。ぴんぴんと。

カラになればなるほどその完璧な体系をなぞれる。
宇宙のシステム、光、
そんなものを私は'カミサマのようなもの'と
認識しているらしく、
ならばあの円盤はそれをぎゅっとモデル化した曼荼羅で、
さあ、はじかれるだけでいいから感じてごらんと
それを提示してくれるのが宗教なのかしら。
などといろいろ思いは広がりました。
何人もの、すごい先人たちの知恵のおかげで
あの円盤ができあがったことが、
そしてそれが現在もなお力強く生きていることが、
すごいあっぱれだと思いました。

私がモノをつくったり人に何かを伝えたいと思うのも
美しい景色や音楽に心がざわめくのも、すべて、
ヒトがその光に近づきたいと焦がれて求めて
もがいてる存在だから、ではないでしょうか。
それはそこにあるよ、こんなふうにね
と、かいま見せてくれる一つの優秀なツールとしての仏教に
アリガトウという気持ちです。
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by sho-ji21 | 2004-12-09 00:00 | エッセイのような

■ちょっといいこと


彼は学校で先生に教わった。
これはいいことです。これをしたらいい子よ。
覚えたてのいいことをスキあらばしたい、してみたい。
単純な動機。
おじいさんに席をゆずってみた。
お母さんに誉められた。
泣いてるトモダチに声をかけてみた。
先生が誉めてくれた。
うれしい。

誉められたあのことをもう一度してみたい。
スキあらばもう一度したい。

トモダチに優しくした。
また先生に誉められた。
誉められたいからしたのかなぁ。
それってもしかしたらなんか違うのかな。

ぽつりと沸いたその疑問に呼応するように、
だれかがだれかにこう言ってるのが聞こえてくる。
「あいつ、誉められたいからっていい子ぶってさ。」

ちょっとだけいいことをするのが気が引ける。
別にぼくがそう言われたわけじゃないんだけど
ぼくがそうなわけじゃないんだけど、
でも。

でも、それからずいぶんたったある日、
勇気をだして席をゆずってみた。
おばあさんはなんだかとてもうれしそうに
ありがとうありがとうって何回も言っていた。

うれしい。なんだかうれしい。
誉められたいから、なんかじゃないよ。
なんか、だってうれしいや。

でも、もしかしたら。

これって僕の自己満足じゃないのか。
うれしいからいいことするのか?
なんかばかみたいじゃない?
それって動機不純ってヤツじゃないの?

また小さな疑問が湧いた。
さらにいっぱい年月がたち、彼は恋をして、
進路に悩んで、自分のなかの
いらだちとか凶暴さが手に負えなくって、
ちょっといいことなんて、どうでもよくなる。

またずっと時間がたって、彼はもう社会人。
大人ってのがなんなのか、
よくわかってはいないけど、
たぶん世のなか的に大人。
だと思う。
恋人もできた。
なんだか世界がぴかぴかしだす。
ちょっといいことだって
自然にできたりして。

でも、もう、いいことはいいこととして、
自覚されてしまっているので、
そしていいことをしてしまった自分を外の世界から
見るすべも知っているので、それは、なんだか
特別なことだ。

いいことしてるなぁ。照れくさいよなぁ。
なんつうか、見ないで。
見ないで、みなさん。
オレ今、イイコトしてる~って顔してない?
大丈夫かな~イヤだよな。
なんていうのも全部、ただの自意識だよね。
あほだ、オレ。

そんな彼が事故に会う。
スノボでころんだだけだけど、足を折った。
会社に通う電車の中でも
改札口を抜けるときでも
いちいちしんどいことが良くわかる。
邪魔にならないように一番端の改札を選んだのに、
そのうしろから人々は先を急ぐ。
右の松葉杖をいったん左手にもちかえて定期を入れる。
出てくる方に近寄るのに時間がかかり、ピンコンなる機械。
それを見て舌打ちして隣の改札へ流れる人々。
いつも使うターミナルは縦横無尽に人が行き交い、
それだけで脅威だ。
先進国ってなにがだよ。
どこもかしこもなってないよ。
どうなってんだ。
そんなことをはじめて思った。くたくたになった。

ギブスがとれて電車にのって
白い杖のおじさんをホームに見かける。
黄色いブツブツが足元で途切れて、
立ち止まっている。
杖が探るカンカンという音だけが聞こえる。

彼は考えるより先に、声をかけていた。
今までだったら「余計なお世話」な可能性を、
もう1・2秒は考えただろう。でも、なんだか、
彼は動いちゃったんだ。

---たぶんそういうことなんだと思う。

いままで当たり前だった何かを疑問に思ったり、
実際に今までにない側の経験をしたり、
そんなとき、いちど全部がチャラになる。
そのチャラになる感覚が「解体」なのかもしれない。
解体なしに次にはいけない。

「小さい頃と同じように純粋な気持ちでいいことを。」
なんて嘘っぱちのスローガンだ。
そんなのムリ。というか、全然意味ない。
疑問に思ったり、判断に迷ったり、
その状態は「解体」中だからフリーズしているんだ。
そんなとき、いいことをできなくっても多分、いい。
そこで解体前の状態を思い出せとかナンセンスもいいとこ。
壊して組み立てて壊されて気付いて、また組み立てて。
そうやって人は次へいくんだ。

いいことを「する」「しない」の結果だけでいうと、
人はそれらを綿々と繰り返してるだけにみえるのかもしれない。
解体の前と後とで両極へふれて。
でもそれはただの往復運動ではない。
ぐるぐるぐるとネジのように、
たぶん以前の「する」といまの「する」では
位相のちがう「する」にいるんだろうと思う。
ぐるぐるぐるぐる。
また同じところ?とげんなりしても、
たぶん遠くの景色の見え方が少しだけちがう。

「いいこと」はメタファー。
世の中のいろんなことは、あらゆることのたとえ話。
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by sho-ji21 | 2003-03-13 00:00 | エッセイのような