十月十日に思うこと

世に言う、妊娠期間であるところの「十月十日」。
その同じ時間が、息子の誕生後過ぎようとしています。
おぎゃあと出てきたあの日を折り返しとして、
下界パート1(胎内)とパート2(雑多で奇妙な、このすばらしい世界)。

ちょうどそんな折、彼も「突発性発疹」を経験しました。
生後半年から1年くらいでほとんどの人がやるという、
いわゆる「トッパツ」。

40度以上の高熱が続いて眠れなかったりで、
かなりきつそうでしたが、落ち着いた今、
彼なりにやり遂げた感があるらしく、良い顔してます。

生後何ヶ月かは、母からもらった無敵の免疫で守られていて、
今、それが効力を失い、免疫機能を自らせっせと作っている。

「免疫をつくる」ということは、
自と他を見分け、他を排除しようとする力を得ること。
それは言い換えれば、そのようにして
「自分」をつくっているということ。
ちょうど借りていたある本に、そのようなことが書いてあった。

ああ、そういうことか、と思いました。
全部がひとつ、みたいな世界から来たばっかりの人が、
そうやって自分とそれ以外のあいだに境界線をひいて、
そういう線をグリグリ何本もかさねていくことで、
デッサンみたいに自分の輪郭をつくっていく。

すごい作業をしているな。
もう、見守らせていただくしかない。
敬意しかないぞこりゃ。
そう思いました。

 ◇

最近、つくづく思う。
親が子にしてやれることなんて、たかがしれてる。
何かを与えてあげるなんてもう、思わないほうがいいんじゃないか。
ほとんど、「できるだけじゃましない」くらいの気持ちでいるほうが
合ってるんじゃないか。
っていうくらい。

私が親や親のまた親から引き継いだ諸々。
そういう世代間のことやこの社会や文化から得た、
いろんな考え方や価値観。
そういういろいろをもう私は、
無意識に渡してしまうことによって
彼をしばっていくのだから。

それらが「害」だ、っていう話ではなく。
もうそれはそうなのだから、だからこそ、
私が私自身のなかを整理して風通しをできるだけ良くしておきたい。
意識にのぼってもいないようないらぬもので
彼を阻害することが、できるだけ、できるだけ、
ないように(最小限であるように)、私のなかを。
そここそが、この三次元に来てまもない小さいひとへの私の、
最も大きな責任なんじゃないか。

彼に対してできる具体的なことっていったら、
たとえば、熱で苦しいときは一緒に寝不足になるとか、
ゴチンとしてギャーと泣いたら抱きしめるとか、時々もらい泣きとか、
立派なウンチが出たら一緒に喜ぶとか、
そんな程度だ。きっと。

そして、あなたがそんなにもスバラシイ、ってことを伝え続けること。
これでもか、ってくらいにこれはもう、
そうさせていただく。

 ◇

あなたの父ちゃんは小さいころ、
あれ、飛べるんじゃないか?って思って
うっかり屋根から飛んだらしいよ。( →骨折)
きっとその延長でチャリに乗って、やっぱりうっかり、
なんちゃら大陸横断とか縦断とかしちゃったんだ。

それこそが、すべての可能性の源。
ほんとのほんとは、きっと空だって飛べる。
わかってるけど、でも私は、
屋根から飛ぼうとするあなたを止めるだろう。
それはもう、止める。叩いても、止める。
だから、母ちゃんのことは「じゃまをするひと」と
思ってくれて間違いない。
じゃまをする、が前提だ。
私も自分で自分に、そう刻もう。

 ◇

世界はうつくしいし、信頼に足る。
どんなに混沌としてみえても。
たぶん、自分を信頼できたら、
世界をあなたは、肯定できる。
きっと、そう。

あなたの空を飛んでおくれ。
せっかくだから、この世界をたのしんで。

母のちいさな願い。
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by sho-ji21 | 2012-09-27 08:54

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