■四国のお寺にいく


土曜の朝は空がざわざわしていた。
この感じは出発にぴったり。

…映画の「ショコラ」でも強い風が旅立ちの合図だったな。
「ナビィの恋」もそうだ。
あれは"この風が過ぎたら"、ではあったけど、
おばあが手紙を書いたのは強い強い風が吹く夜だった。
などと思いながら新幹線のホームに立って。

ここから見るといつもうろうろしてる新横浜の町が
まったく見知らぬ、ただの地方都市になる。不思議。
のぞみがすごい顔してホームに入ってくる。

山のなか、工業地帯、所々に祠のたった見渡す限りの畑。
似たようないろんな場所を走っていく。
トンネルを抜けた一瞬、目前にせまった山肌に沿って
立ち上る水蒸気や、山藤や、それらを映し込む
ぴかぴかの田んぼなんかにはっとしたりしながら。
思考は古代の「カミ」のことにも及ぶ。

前に読んだなにかで、移動手段のあまりの速度に
人の肉体は運ばれても、たましい(のようなもの)は、
ついていけないのではないかということが書いてあった。
感覚としてわかる。岡山から電車に乗り換えて、
最後は歩いて、少しずつ人の速度に戻していく。
自分自身が体に追いつくのを待つように。

目的地は建立1200年祭真っ最中の善通寺。
その一環の、チベット僧による結縁灌頂を受けてきた。
この儀式のために1ヶ月かけて作られた砂曼荼羅や、
1200年祭で四国から集まった仏像。(すばらしかった)
宿坊という初めての経験。朝5時半から始まる読経。
手を合わせ頭を垂れるということが
どんどん自然で当たり前なことになっていく。

灌頂の儀式自体は2日目の午後。
その日の午前中は愛媛に住む友人が車で迎えにきてくれて、
私のリクエストで金毘羅さまに登ることになっていた。
朝1時間の読経が終わり朝ごはんをいただいてから
友人が来るまで、スケッチブックだけ持って境内を散歩。
観光客はまだいない。歩いているのはお遍路さんくらい。
ご神木の大クスノキの絵を描きたいなと思い立つ。

早朝のクスノキはとても良いにおいを放っていた。
そこここに垂れ下がった枝と若葉。
その先に小さな小さな、花が咲いていたのだ。
顔を近づけその香気を胸に吸い込む。
葉の匂いとあいまって、清々しいものが私のうちに満ちる。
その葉がいとおしくていとおしくて、手を伸ばし触れるうち
泣けてきた。本当はあのかっこいい枝ぶりを描こうと
思っていたのだけど、私はその葉を描き始めた。
葉のつき方、葉脈の一つ一つをただ写したいと思う。

お遍路さんが歩くと鈴の音が、歩幅のリズムで境内に響く。
その音を遠くに近くに聞きながら無心に線をなぞる。

ひとつの葉のかたまりを描いた向こうに、ちいさくまた別の
ひとかたまりを描く。その向こうに細い枝を、太い曲がった枝を、
最後に背景として幹の表皮を、と順々になぞっていく。
ああ、私は写経がしたかったんだ、と気づく。
これは写経だ。木という一つの曼荼羅の。
満足してそれらを色で塗りつぶす。その過程だけで充分。
私はそれに近づいて、2時間かけてそれと
交わったように感じていた。うれしかった。

大人10人でも抱えきれないくらいの大きな幹、
苔むして所々どこからか飛んできたらしい草も生えて、
枝は曲がりくねり四方へ伸びている。
大地に伸ばした根の上を、虫が歩く。花の周りには
羽虫が飛ぶ。太い太い幹のその、黒い皮の向こうに
脈々と流れている「知恵」のようなものを思う。

ここにあるのは宇宙だ、と思った。
この幹が内包する老成した知恵がデータベースで、私はこの葉。
すべてを合わせた「クスノキ」という存在自体が宇宙だ。
私は今まで漠然と、その「幹」のようなものを「宇宙」だと思っていた。
それに対する「私」というように。この幹と葉はまったく性質が違う
別物のように見えているけれど、全体として「クスノキ」であるのと
同じように、私たちは、全体で宇宙を成しているんだ。
つながっている、というのとも違う。
繋がるという概念自体が、全体性を無視している。
もうすでに一つのものなのだ、と思った。

今ことばにしようとすると、
あのときのぴかーーっという感じからすこしはなれてしまうようだけど、
少なくとも絵を描きながら、そのときの私はそれを強く強く感じていた。
それが灌頂の日の朝であったことを有難いと思う。



いろんな人の笑顔に囲まれた2日間だった。
夕暮れの絶景を見せたいと車をだしてくださったご家族、
宿坊先で出会ったお遍路さんたち、チベット僧のやさしい笑顔、
そして、金毘羅さまやら私のリクエスト諸々に快く応えてくれた
愛媛在住の友人。みなさんどうもありがとう。
いろんなものを受け取った。
手を放したいろいろなものの分だけ。
短い大きな旅だった。
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by sho-ji21 | 2006-05-22 00:00 | エッセイのような

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